小野篁大好き人間は結城光流先生のデビュー作『篁破幻草子』はいいぞ、と声を大にして言いたい
8月31日に『少年陰陽師』の最新刊である厳霊編4巻 「おどみの殿でこころざせ」の発売日が結城光流先生のTwitterで告知され、喜びと同時に「見覚えのあるような右下の男性はどなた…?」となっていたら、翌日に「黒い方」と確定して比喩ではなく物理的に胸が痛くなったのは私です。
新刊情報
— 結城光流@よろず処4巻発売中 (@mitsuru_y) 2018年8月31日
角川ビーンズ文庫
「少年陰陽師 おどみの殿(あらか)でこころざせ」
厳霊編4巻 10月1日発売予定#少年陰陽師#角川ビーンズ文庫 #新刊 pic.twitter.com/PJD51auPxQ
表紙初登場の黒い方。
— 結城光流@よろず処4巻発売中 (@mitsuru_y) 2018年9月1日
平安編に出始めた頃から何度も登場候補に上がり、その度に
「いや待てこの方がいると全部持っていかれてしまう、主人公の立場が…」
と見送られ。
しかし、主人公の立場を考えていたら最後まで出ないまま終わる、と気づき。
ついに満を持してご登場と相成りました。
今まで『少年陰陽師』本編の挿絵や非売品「その言霊は風に刻まれ」の表紙というように後ろ姿で描かれたことはあっても顔までは分からず、『少年陰陽師』でそのお姿がはっきりと描かれることはないと思っていたので、まさかの爆弾が投下されて供給過多。
結城先生、伊東七つ生先生、本当にありがとうございます。
で、前々から『篁破幻草子』を布教する記事を書きたいなと思っていたので、このタイミングで書きます。
『篁破幻草子』をきっかけに「小野篁」という存在にどっぷりハマった人間なのでマニアックな話とかが出てくるかもしれませんが、自分ではその線引きがよく分からないので見つけた場合は生温い目で読んでいただければ。一応一般向けにはしたつもりです。
また、「『篁破幻草子』に興味はあるけれど読んだことはない」という方は同じく結城先生の作品『少年陰陽師』の読者さんが多いかな、と思ったので比較対象?として所々で名前を出しています。
各巻の書影はこちら。
『篁破幻草子』は全5巻、各巻のタイトルは
「あだし野に眠るもの」
「ちはやぶる神のめざめの」
「宿命よりもなお深く」
「六道の辻に鬼の哭く」
「めぐる時、夢幻の如く」
です。
第2巻までは角川ティーンズルビー文庫(少女向けライトノベル)で刊行されていましたが、休刊に伴い角川ビーンズ文庫から改めて刊行されました。
ティーンズルビー版では平成12年(2000)8月に第1巻が刊行され、ビーンズ文庫版において平成19年(2007)6月に完結しました。
完結からもう10年以上経ったのかと思うととても感慨深い…
また、挿絵を担当された四位広猫先生によるオリジナルストーリーの漫画『篁破幻草子 螢月夜に君の名を』もあります。
こちらも紹介したい気持ちはあるのですが、文字数が際限なく増えてしまうので今回は結城先生の小説だけ。
そして「宿命よりもなお深く」「六道の辻に鬼の哭く」はドラマCDもあるので、原作読了後に興味のある方はこちらもぜひ。
小野篁(谷山紀章)、橘融(鳥海浩輔)、雷信(野島健児)、清嵐(鈴木達央)、神野(三木眞一郎)、朱焔(中田譲治)などなど。
さて、ちょっと退屈な書誌情報はこの辺りにして、物語の内容に触れたいと思います。
簡単にいうと『篁破幻草子』は小野篁の青年期を舞台とした、「冥府の官吏」小野篁と彼の周りに存在する北斗七星の宿命に結ばれた人々が、井上皇后の悪霊や天皇家の血筋を憎む悪鬼と闘う伝奇作品です。
主人公である「小野篁」は、平安時代前期(802-853)に実在した反骨精神溢れるお貴族様。先祖には遣隋使・小野妹子、子孫には三蹟・小野道風などがいます。
史実として有名なお話としては、
・弓馬に勤しんでばかりだった子どもの頃に今上帝(嵯峨天皇)から嘆かれ、それを受けて学問を志し数年後には文章生試に及第
・遣唐副使に任命されたのに仮病を使って渡唐しなかったことをきっかけに隠岐島(島根県の)へ配流
・しかし文才が優れていることを理由にわずか1年ほどで帰京が許され、最終官位は従三位参議
などがあります。
そして伝説・伝承も豊富な人物であり、『篁破幻草子』では篁が堕地獄の人々の救済等のために現世と異界を往来したという「冥官伝承」、異母妹との悲恋物語である『篁物語』の要素などが含まれています。
さて、どこまで物語の内容に触れるのか、という問題がありまして。
「ここが最高!」と言いたい気持ちはあるのですが、何も知らないで読んでほしい気持ちもあるので難しい…
主人公のスペックとしては、容姿端麗、文武両道、外面も良くて朝廷内では同性からも大人気。
でも親友である橘融や冥府関係者、猫かぶりを助言した人物などには非常に口が悪い。「朴念仁」「たわけ」「能天気」など息をするように毒を吐く、というレベルだったりします。
この辺りは史実でも言われている反骨精神っぷりが表れている感じで、『少年陰陽師』読者の方には「なるほど」と思っていただけるかと。
でも妹の楓には菩薩レベルでとても優しいし、家族に迷惑をかけないために猫をかぶり始める、なんて一面もあります。
そして個人的には幼馴染にして親友の融や今上帝とのやり取りがとても良い。
前述の「朴念仁」「たわけ」などは融に向けた言葉なのですが、普段は冷たく接することがあっても、ここぞという時にや心の奥底ではきちんと相手を思いやれるのも篁です。だからこそ融は篁の親友であり続けるし、周囲の人からも慕われています。
なので前述した『少年陰陽師 その言霊は風に刻まれ』を初めて読んだときはとても驚いたし、泣いたし、胸が苦しくなりました。
この作品が好きな方、読んだことのある方にはぜひ『篁破幻草子』も読んでいただきたい。
そして親友の名前が「橘」であることに少しでも引っかかった方も、『少年陰陽師』での冥官の発言に注目していただきたいところ。
そして今上帝は、篁が「かなわない」と思い知らされた人物です。
『少年陰陽師』に登場する一条天皇は霊的な力は持たない存在ですが、『篁破幻草子』の今上帝・神野様(嵯峨天皇)は祟り神を封じるなど強力な術者でもあります。
神野様は篁が何をしているのかも把握していて、無理難題をふっかけながらも時には力を貸してくれます。
史実においても小野篁と嵯峨天皇の関係についてはいくつか説話が残っているのですが、篁に「かなわない」と思わせた人物に嵯峨天皇を設定した結城先生、さすがだなぁと思います。
そして私が『篁破幻草子』において主人公である小野篁の次に好きな登場人物、それが篁に従者として仕える「禁鬼」のひとり、雷信です。
「禁鬼」は閻魔王から下賜された部下であり、人が何らかの強い思いを抱いて鬼となった存在です。鬼となった時点で身体の時は止まり、輪廻の輪から外れ、死ぬと風に還ります。式神のようなものと思っていただければ。
雷信・万里・清嵐・玻凛・炯華が篁に仕える禁鬼であり、最年少である雷信が束ねます。
ちなみに第2巻「ちはやぶる神のめざめの」の表紙中央、第4巻「六道の辻に鬼の哭く」の表紙後方に描かれているのが雷信です。名は体を表すというか、金髪金眼の麗しい方。
仮面が怪しい…?いやいやそこが良い。というかなぜ仮面をつけているのかが分かったときは思わず声を上げてしまうから。◯◯◯(平仮名)大好きですほんと…
最終巻の「めぐる時、夢幻の如く」は冒頭から泣けてしまうので、読むときはハンカチまたはティッシュの用意をお忘れなく。
独白と言っていいのかな、結城先生のそれは本当に心にきます。精神的だけじゃなく物理的にも胸が痛くなります。
雷信だけでなく禁鬼のお話は本当に素敵なので、その点にも是非注目していただきたい。
『篁破幻草子』の小野篁は、『少年陰陽師』の冥官と違って、未熟なところが沢山あります。悩んだり、間違えたり、苦しんだり、大切なものを守るために必死になったり。
そして、『篁破幻草子』の結末は「みんな幸せやったー!」なハッピーエンドではありません。失ったものがあり、でも救えたものもある、そんな終わり方です。
そうした青年期を乗り越えたのが『少年陰陽師』の冥官です。
「傲岸不遜な完璧人間には興味がない」という方にこそ『篁破幻草子』を読んでいただきたい、そう思います。
私は『篁破幻草子』がきっかけで小野篁を好きになり、その後は順調に沼にはまっていき大学院で論文を書くほど「小野篁」という存在を愛することになったので、もちろんまだ読んだことのない方に布教したくてこの記事を書いているのですが、私が最高だと思っている作品『篁破幻草子』にも欠点はあります。
それは 絶版本 ということ。
もう新刊では紙の本は手に入りません…なんてこった…
そのため紙の本大好き人間としては「なぜ保存版と布教版を購入しておかなかったのか…」という後悔があるのですが、電子書籍版でも問題ない方、むしろ電子書籍版が好きな方には全然支障のない欠点となっております。
ちなみに角川ビーンズ文庫の公式サイトでは各巻の試し読みができます。
電子書籍版の購入はAmazonやBOOK☆WALKERなどで。こちらでも試し読みはできるので、読んでみて「良いなぁ」と思えたら買っていただければ。
全5巻完結ということもあって、全巻購入して2,500円くらいです。
(『少年陰陽師』の総額を考えたことはなかったけれど、いくらくらいなんだろう…)
そして個人的には電子書籍版の売り上げが良ければ紙の本も再販、なんてことにならないかなぁと思ったり。
欲を言えば『篁破幻草子』の新刊とか、『少年陰陽師』の非売品のなかで冥官が登場しているお話をまとめて新しい装幀とか。
角川書店さん、福沢諭吉の準備はいつでもOKなのでよろしくお願いいたします。
※蛇足※
数年前に修士論文の一環として、小野篁が登場する小説や絵本といった文学作品(漫画は除く)を調査したときの一覧を貼り付けておくので、興味のある方がいらっしゃったら読んでみてください。
藤川桂介『篁・変成秘抄』
加門七海『くぐつ小町』
伊藤遊『鬼の橋』
たつみや章『冥界伝説たかむらの井戸』
冬木亮子『飛天闘神譚―異伝・小野篁』
如月天音『篁と神の剣―平安冥界譚―』
仲町六絵『からくさ図書館来客簿』
(敬称略・発表年順)